31 周智農林学校と森町実科高等女学校

更新日:2019年03月05日

大正期は、第一次世界大戦の「大戦景気」による経済の発達と国民生活の向上が見られた。そして世界的思想動向の影響のもとに自由主義、民主主義(民本主義)が普及するとともに、各種の社会運動も活発化した。教育面では、自由主義教育が叫ばれ、上級学校への進学率が高まった。このため各地に中学校、(実科(じっか))高等女学校、実業学校などが相次いで設立された。森町にも日露戦後まもなく、1906年(明治39年)、福川泉吾と鈴木藤三郎によって私立周智農林学校が設立され、ついで大戦後1919年(大正8年)には町立森町実科高等女学校が設立された。周智農林学校は、「着実にして強健な人格を造り国家中堅たる有為の農民を養成する」、実科高等女学校は「家政に関する知識技術を授(さず)くる」ことをそれぞれ目的とした。 生徒は周智郡を中心として小笠郡、磐田郡に広がっており、これらの地域にとって重要な中等学校としての意味を持っていた。その後の変遷は表の通りである。ただ戦前の学校体系は小学校を終了して実社会にでて働く道と、上級学校へ進学する道が並立しており、進学するためには、家庭の一定の経済力を必要とした。

一方、小学校を卒業した多くの青少年に対しては、補習学校や青年訓練所、そして青年会を通じた指導、統制が行われた。青年会は、学習活動、農事改良そして機関誌発行など多様な活動を行ったが、森町地域では、谷崎青年会の芸苔(うんたい)(ナタネ)作りや、周智郡青年会議の模擬議会など、熱心で創造的な活動が多く見られた。

(1)周智農林学校

周智農林学校の外観の写真

開講を記念する写真。 (森町教育委員会所蔵)

(2)現静岡県立周智高等学校

現静岡県立周智高等学校の外観の写真

(森町森)

(3)創設者 鈴木藤三郎像

創設者 鈴木藤三郎の銅像の写真

(森町森 周智高等学校)

(4)創設者 福川泉吾像

創設者 福川泉吾の銅像の写真

(森町森 周智高等学校)

(5)森町実科高等女学校

森町実科高等女学校の校庭でバレーボールをしている女学生の写真

バレーボールをする女学生

現在の静岡県立森高等学校校舎

現在の静岡県立森高等学校校舎の外観の写真

(森町森)

中等学校の移り変わり

静岡県立周智高等学校

  • 明治39年3月 私立周智農林学校創立
  • 大正10年 郡立周智農林学校
  • 大正11年4月 静岡県立周智農林学校
  • 昭和23年4月 静岡県立周智農業高等学校
  • 昭和24年4月 静岡県立周智高等学校
  • 昭和28年4月 静岡県立周智農林高等学校
  • 昭和43年4月 静岡県立周智高等学校

静岡県立森高等学校

  • 明治38年1月 森町女子技芸学校
  • 大正8年4月 町立森町実科高等女学校
  • 昭和11年3月 静岡県森町高等女学校
  • 昭和20年4月 森町外19ヵ村組合立高等女学校
  • 昭和22年4月 静岡県立森高等女学校
  • 昭和23年4月 静岡県立森高等学校
  • 昭和24年4月 静岡県立周智高等学校
  • 昭和28.4 静岡県立森高等学校

表−15 森町地域の青年会一覧

青年会一覧
名称 事務所位置 支部数 設立年月日 会長 事業
飯田村青年会 村役場内 11 1910年11月5日 村長 講演会
園田村青年会 谷中 6 1910年8月1日 助役
  • 学術研究
  • 知識交流
  • 実業実地研究
  • 修学旅行
  • 講演会
  • 巡回文庫
  • 撃剣会
一宮青年会 村役場内 11 1910年2月1日 村長
  • 講演会
  • 学芸部
  • 体育部
  • 矯風会の活動
森町青年会 町役場内 11 1914年10月17日 町長 各支部別講演会
天方村青年会 村役場内 14 1914年3月4日 村長 講師の指導及び演説
三倉村青年会 同村66番地 14 1908年12月8日 篤志(とくし)者 講話(精神修養)

(6)山梨町にあった製油工場

製油工場の外観写真

(森町牛飼 個人所蔵写真)

(7)青年会共同田植

青年会が田植えをしている様子の写真

(昭和34年6月) (森町一宮 谷崎町内会)

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