28 森町の近代のはじまり

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28 森町の近代のはじまり

薩長を中心とする新政府は、天皇の権威を「錦の御旗」としてかかげ、各地の諸勢力を結集していった。それに応え各地の草莽隊(そうもうたい)が東征軍に参加したが、遠江では遠州報国隊が結成され、森町地域では小國神社の神主を中心に参加者がみられた。この人達は日常的に歌会などを行い国学に馴染む知識集団であった。
その後、 戊辰 ( ぼしん ) 戦争に勝利した新政府は、 版籍 ( はんせき ) 奉還 ( ほうかん ) 、廃藩置県により権力を集中するとともに、戸籍を編制し地域ごとに民衆支配を実現し、地租改正により税制改革を行い、徴兵令を発し国民皆兵による軍隊を創設した。また産業を興し、農業の改良に努めた。ついで各地に学校を設立し、あわせて地域の開化を積極的に進めた。

学校では啓蒙的な教科書が使われ、各種の試験が行われ、加えて学校行事に、国家的祝祭日や運動会などが導入され、まさに文明開化の象徴となっていった。しかしこれまでの旧五節句や村祭りなど民衆の生活習慣は残り続けていた。
1879(明治12)年、周智郡役所が森町村におかれ、初代郡長に足立孫六が就任した。村々に戸長がおかれ、村会が設けられた。一方、村の合併もすすみ、明治憲法体制の成立とともに強力な自治区の造成がめざされた。これが1889(明治22)年の町村制施行であり、三倉村、天方村、森町、一宮村、園田村、飯田村が誕生した。こうして戦前の地方制度の枠組みが決まった。

(1)遠州報国隊姓名録

遠州報国隊姓名録

(森町一宮 小國神社所蔵)

部隊内訳(筆者作成)

遠州報国隊参加者・・・・160〜170名

出征者・・・・87名
小國覚之助(「御守衛大砲隊」)明治2年招魂社司 一宮神主28歳
増田長門 一宮社家48歳
鈴木周之助 一宮社家37歳

留守部隊・・・・80名
小國浪江重友 一宮神主
山本忠太夫勝元 八幡宮(米倉)
村松靭負芳種 天王社(飯田)

(2)報国隊日記
報国隊日記
(森町一宮 小國神社所蔵)

(3)報国隊陣羽織
報国隊陣羽織報国隊陣羽織2
(森町一宮 小國神社所蔵)

 


(4)周智郡役所と足立孫六郡長
周智郡役所
周智郡域は、北は信州境、南は久努(くど)西村までの
2町12ヵ村からなるもので、その中心が森町であった。
(袋井市 個人所蔵写真)


足立孫六郡長


(5)森町学校
森町学校
三嶋山に建てられた校舎は、蓮華寺の山門を解体して用材とした。
しかし、この数年後には火災によって焼失してしまった。
(森町教育委員会所蔵写真)

表−12 学校の変遷(明治はじめの学校)

学校の変遷一覧

本 校

分 校

現在の小学校

三倉学校(明治6. 栄泉寺 → 明治8. 新築)

三倉小学校

 

大久保(明治6. 太慶寺)
上野平(明治6. 常光庵)
大河内(明治10. 全光寺)

森町学校(明治6. 梅林院 → 明治8. 三島神社境内に新築)

森小学校

 

草ヶ谷(明治6. 香勝寺)
橘(明治6. 東光寺)
向天方(明治6. 宝太寺)
天宮(明治6. 五明)
城下(明治6. 太林寺)

鍛冶島(明治6. 自得院)
問詰(明治6. 万福寺)
薄場(明治13. 陽向院)
亀久保(明治13. 了雲庵)
上問詰(明治6. 薬師堂)

天方小学校

飯田学校(明治6. 龍泉寺 → 明治16. 新築)

飯田小学校

 

睦実(明治8. 脇田)

谷川(明治6. 太信院)
円田(明治9. 全生寺)
赤根(明治6. 慶徳寺)

宮園小学校

表−13 森町行政区分の変遷

行政区分の変遷一覧
森町行政区分の変遷

近世

明治9年

明治22年

昭和30年以降

城下村
向天方村
橘村
天宮村
森町村

森町

森町

上福田地村
戸綿村
鴨岡村

睦実村

飯田村

森町

飯田村
天方村
下福田地村
下鴨岡村

飯田村

草ヶ谷村

園田村

森町

粟倉村
上川原村

円田村(明治8年)

谷川村
田中村

谷中村(明治8年)

中田村
石川村

中川村(明治8年)

牛飼村(豊田郡)

宮代村
谷崎村
片瀬村
赤根村
大久保村
出目村

五川村(明治 8年)

一宮村

森町

米倉村(豊田郡)

田能村
大久保村
中野村
乙丸村
大府川村
舟場村
木根棚指村
大河内村
上野平村
中村
三倉村
黒田村
西ヶ峰村
曲尾村

三倉村(明治8年)

三倉村

森町(昭和31年)

亀久保村
鍛冶島村
問詰村
大鳥居村
西俣村
葛布村
薄場村

天方村

森町

炭焼村(嵯峨野・中塚)

(小笠郡) 原泉村

森町(昭和31年)

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