5 縄文時代の森

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5 縄文時代の森

森町では、天宮(あめのみや)遺跡で発見された縄文時代中期前葉(今からおよそ5000年前)の土器が最も古く、これ以前の遺跡は、現在のところ見つかっていない。
縄文時代の人々は、水場に近い日当たりの良い丘の上などに集落をつくり、周辺の山や川から、動物や魚、草の芽や木の実などをとって暮らしていた。
坂田北 ( さかたきた ) 遺跡では、クリやクルミを集落の近くに移植して、管理するという進んだ技術も知られていた。
彼らの生活の道具は、粘土を焼いて作った土器や石・木・動物の骨・角・貝殻などを利用して作られた。ベンガラや 漆 ( うるし ) を使った漆器も作られている。

石器作りには、鋭(するど)く割れて加工し易い、黒曜石(こくようせき)やサヌカイトが多用されたが、これらは長野県の霧ヶ峰や伊豆の神津島(こうづしま)、奈良県の二上山(にじょうさん)などから持ち込まれている。
こうした、物や人の交流を通して、一定の地域に共通した文化も生まれた。 鍛冶島 ( かじじま ) 遺跡出土の土器(広野C式)には、 結節縄文 ( けっせつじょうもん ) (結んだ縄をころがす)といった文様や、深鉢に台付のものがあるなど、器形や文様構成のうえで、長野県伊那谷地方の土器と同じ特徴がみられる。
三反田(さんたんだ)遺跡では、2900年前に火山灰が降り積もったことが確認されている。自然と共に生きた縄文人は、こうした火山噴火や地震、疫病を恐れ、一方で大地の恵みに感謝、子孫繁栄を願う「まつり」をしていた。森町でも祭祀(さいし)に使った道具が数多く見つかっている。

(1)縄文時代中期の土器
縄文時代中期の土器
(鍛冶島遺跡 森町鍛冶島)

(2)縄文時代後期の土器
縄文時代後期の土器
(坂田北遺跡 森町飯田)


図-4 石材の産地と広野C式土器の分布図
石材の産地と広野C式土器の分布図
石器の石材は、交易こうえきによって運び込まれた。

(3)土器の補修 ((2)の拡大写真)
土器の補修
ヒビの両脇に孔をあけ、縄で綴じて使い続けた。 (縄は現代のもの)


図-4 石材の産地と広野C式土器の分布図
縄文時代の祭祀の道具
縄文時代の祭祀の道具。 (町内出土)

(5)火山灰
火山灰
2,900年前に中伊豆町のカワゴ平火口が噴火し、森町にも火山灰が降り積もった。 (三反田遺跡  森町飯田)


(6)赤漆
赤漆
木製品に塗られていたと考えられる漆うるしの膜。(坂田北遺跡 森町飯田)

図-5 (7)縄文時代の石器とその使い方
縄文時代の石器とその使い方
(町内出土)


(8) 食物残滓 ( しょくもつざんし )
食物残滓 ( しょくもつざんし )
上 : 動物の骨 ・ 下 : トチ・クリ種皮の出土状態。 (坂田北遺跡)

(9)クリの根株とドングリの貯蔵穴
クリの根株とドングリの貯蔵穴
秋に収穫したドングリは、年間を通して食べられるように、地面に穴を掘って貯蔵した。 (坂田北遺跡 森町飯田)


図−6 クリの採集 (想像図)
クリの採集 (想像図)

図-7  木ノ実の貯蔵 (想像図)
木ノ実の貯蔵 (想像図)

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