顧問のひとりごと
                                                     Asahigaoka V.B.C H.Iketani

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           INDEX                                     
 平成17年 4月〜7月 「最高」のチームと「最強」のチームって  ・「・・・・そして 勝負は一瞬」
「声を出そう、精一杯出そう」           ・「どこの誰から勉強するか」
「ありがとうございました」             ・「ひとことお願いします」
「68勝431敗の価値は?」
 平成18年 1月〜 「勇気をもって」                 ・「遠い遠い・・・25点目」
「1年生大会を終えて」             ・「バレーボールで一日過ごす」
「『出藍』という出会い」             ・「バレーボールは楽しいか」
「帰りのバスの中で・・・」            ・「勇気をもって戦えた瞬間」
平成19年 4月〜     「声を出すことは難しいことか」        ・「好きな練習は何ですか」
「チームの一員であること」           ・「がんばっている顔」
「強いチームの指導者=良い指導者か」
 平成20年1月〜 「1年生大会 初勝利」                「仲間なんだから」(H21.6.30)
「何もないから・・・」(H21.5.1)          ・「たった1本に込めた思い」(H21.7.19)
「みんなに感謝」(H21.5.5)          ・「拾うことが唯一の攻撃」(H21.11.28)
「3年生がんばれ」(H21.5.10)
  平成22年4月〜 「チームに手を入れる」(H22.4.24)         ・「準備の大切さ」(H22.7.2)
「後輩ができた日」(H22.4.30)           ・「世話を焼く」(H22.7.13)
「出藍(しゅつらん)part2」(H22.6.10)        ・「水と肥料」(H23.1.2)
「ありがとうございました」(H23.2.11)       ・「約束づくり」(H23.2.13)
  平成23年4月〜 「勝負と勝敗」(H23.4.14)           ・「一寸の虫にも五分の魂」(H23.7.26)
「心が行動となり・・・」(H23.8.17)       ・「帰れと言われて・・・帰る?」(H23.8.22)
「ポジションが人をつくる」(H23.8.29)


 4月15日(金)   1 「最高」のチームと「最強」のチームって 
 「最高」と「最強」を比べることはできないだろう。でも、顧問として常に両方を意識して子どもたちと接し、日々の練習に参加している。
 私が尊敬している南伊豆町の先生に「最高と最強とどっちが強いか」と尋ねたところ、こう答えられたのが印象的である。「最強のチームならいくつか倒す方法は見つかるだろうが、最高となるとそう簡単には倒せそうもない・・・」 これが探し求めていた一つの答えなのだと思う。なぜなら、「最高」の裏には指導者と選手(生徒)との間に強い信頼感が存在しているからだ。もちろん「最強」のチームにもそれはある。でも、勝敗がある以上、連戦連敗(最弱?)のチームが「最強」にはなれないだろうが、「最高」になる可能性は消えることはない。私はここにこだわりたい。
 体格、筋力に加えて経験値やボール感覚といったバレーボール選手に必要な条件とは別に、「一生懸命さ」をもって、また「普段の学校生活への真摯な取り組み」をもって「最高」のチームを目指したいと考える。弱いチームの負け惜しみかもしれないが、まじめで直向な子供たちとバレーをがんばりたい。旭が丘中バレー部はこういうチームになりたい。結果はあとからついてくる。

 4月20日(水)  2 「・・・・そして 勝負は一瞬」
 剣道の言葉だと思うが、「千日の稽古を鍛(たん)とし、万日の稽古を錬(れん)とす。そして勝負は一瞬。」  バレーボールでも同じことが言える。バレーばかりではなくて、もちろん勉強でも同じである。バレーでいうならば、「千本のレシーブ練習を鍛とし、一万本のカット練習を錬とす。そして、勝負は一球。」というところか。旭中バレー部は、そんな思いで練習しているのだろうか。頭ではわかっているのだが、まだまだ意識は高まるはずだ。声も移動も球際(たまぎわ)の丁寧さも、「いつも頑張っている」の「いつも」のレベルを上げよう。私たちが練習試合をしてきたたくさんの学校には、この「いつも」のレベルがずっと高い学校がいっぱいある。

 5月6日(金)    3 「声を出そう、精一杯出そう」
 声にもいろいろある。自分自身を勇気づけるためにかける声もあるが、バレーボールが団体競技である以上、チームメートのためにかける声の方を重要視したい。声が出るとゲーム中の足の動きが良くなるともいうが、そんなことよりも我が弱小旭が丘中バレー部では、「チームのために、自分ができることを何でもいいから精一杯やるんだ」という気持ちを表してほしいのである。ふだん教室ではあまり大声を出さない子、どちらかというと大人しくて引っ込み思案な子・・・そんなものは関係ない(強く言い過ぎか?)。技術で未熟なら、その取り組む姿勢や声で表現したい、ただそれだけなのだ。「アウト、セーフ」のジャッジ、「こっちへ上げろ」というトスを呼ぶ声、「打て」というアタッカーへのかけ声、「1枚、2枚」のブロックの枚数を知らせる声などなど1つずつ増やそう。

 5月23日(月)   4 「どこの誰から勉強するか」
 昨日の練習試合では、なんと東海新人大会出場校2校を含む強豪4校が旭が丘中学校の体育館に集まった。中でも「気迫・声・行動」がともに充実している引佐北部中学校の選手たちには、心からお礼を言いたい。
 私たち旭が丘中バレー部が練習試合をお願いするにあたって、いつも悩むのが「どこの学校からどんなことを勉強するか(練習試合の相手校)」である。そして、いろいろな学校から、技術ばかりでなくたくさんのことを勉強して夏の大会に挑む。その傍ら、相手校からいただくことばかりでなく、自分のチームもそれにふさわしい一生懸命なチームになって少しでも恩返しできるようにと練習に励むのである。新チームを結成して10ヶ月経つが、やっとここまでこれたのも、大会に招待してくださった先生方や練習試合で一緒なった学校のおかげだと思っている。       ・・・・・・ありがとうございます。これからも頑張ります。

 7月17日(日)   5 「ありがとうございました」
 あっという間に1年が過ぎた。地区予選にて奮闘虚しく全敗して夏が終わった。この瞬間が必ずやってくると部員にも自分自身にも言い聞かせてきたが、やはり辛いものである。
 部員一人一人に何が残ったか。やり遂げたという充実感、仲間との信頼感など様々だが、顧問としては彼女達に2つを望む。「バレーボールをずっと好きでいてほしい」「次の目標に向かってバレーで培った粘り強さを発揮してほしい」   ・・・最後に・・・ 最上級生として個や集団の能力を精一杯発揮しようと努力し続けた姿は、後輩たちへの何よりの置き土産である。ありがとうございました。そして、ここまで育ててくださったたくさんの学校の顧問の先生、コーチ、選手の皆さん ありがとうございました。

 7月22日(土)   6 「ひとことお願いします」
 磐周地区の大会が終わった。2年前まで勤務していた袋井中学校の生徒たちが優勝した笑顔であいさつにきてくれた。私は1年間しか関わっていないため、最後の夏に挑む生徒たちの成長ぶりには感激する。そこでこんな話をした。・・・・・・・「旭が丘中は、一生懸命練習したが初日で敗退し、そこで夏が終わった。君たちはまだ、県大会や東海大会さらには全国まで可能性が残されている。でも、どこかで負けたらユニフォームを脱ぐことになる。仮に一度も負けずに全国で優勝したとしても必ず節目は来る。・・・そのときが大事なのである。ユニフォームを着て、試合で頑張るのは当たり前のこと。でも、本当に真価を問われるのはその後の君たちの生活態度やものの見方・考え方だと思っている。旭中のバレー部は技術は三流?であるが、一人の中学生として生活していく姿は、素直で努力家の一流?であると信じている。それは、今までバレーを通してたくさんの人に育てていただいたから。

 7月27日(土)   7 「68勝431敗の価値は?」
 1年間よく頑張った。改めてそう思いたい。しかし、結果は68勝431敗・・・まさに「負けの歴史」であった。負けることから何かをつかめというが、431回(セット)という膨大な「負けた経験」を糧にして・・・。
 違う視点から考えると、このトータル499セットにかけた努力と時間は何ものにも代え難い貴重な経験であると思う。自分の力の全てを込めてスパイクを打っていた瞬間も、壁際まで必死にボールを追いかけた瞬間も、仲間を応援して声が嗄れても叫んでいた瞬間も、その499セットの中に無数にある。だから、新チームになった今も、この時間の続きを後輩が受け継いでいる。

 1月13日(金)   8 「勇気をもって」
 「勇気をもって」は、旭が丘中の横断幕(部旗)の言葉である。試合でも練習でも勇気をもって取り組みたい。緊張感や不安に負けないように、今まで費やした時間と努力を自信にかえて・・・・と考えるが、そんなに簡単なものではない。また、戦う相手は他校の選手ではなくて自分自身なのだから。
 試合だからといって、力めば「無謀」、弱気になれば「臆病」。刻々と移り変わる状況の中で適切な力と判断で前を向いて迷うことなく戦えること。「勇気」という意味を生徒にはこう伝える方がわかりやすいか。これが達成できるように日々ボールを追い続けることが目標である。

 1月30日(月)   9 「遠い遠い・・・25点目」
 先に25点目が入れば勝てる。そう思って試合を繰り返すが、25点目のなんと遠いことか。24-23どころか、24-22、24-21、24-20・・・・・どんなにリードしていても25点目が入らない。「入らない」というよりも、強気に攻めて取りにいけず、ただ耐えて25点目が入ってくるのを待っているようにも感じてしまう。選手もベンチも監督も必死。でも、勝利の神は「弱気で怖じ気づいたチーム」には微笑まない
 試合の中盤から後半に必ず訪れる「極限(緊張)状態での判断や動作」を練習することは、自分の学校での日々の練習では難しい。だから、練習試合などの実践によってこれを磨くしかない。そのような場面をつくり出すことは何とかなっても、ここを切りぬける方法までは誰も教えてくれない。(自分たちで克服するしかない)
 例えば、24−24からの勝つ確率は、数学的には5割だが、「克つ」確率が極端に低いのが旭中・・・・。だからこそ、こういう状況下でのチームワークを磨きたいのだ。平素の練習での表情やチームの動きはとても向上しているのだから、ここをみんなで乗り越えたいのだ。

 2月 4日(土)   10 「1年生大会を終えて」
 1年生大会が終わった。健闘虚しく予選リーグ全敗であった。1年生が5人しかいない我が部にとって、助っ人に加わってくれた高木さんは他の5人をも生かす大事な戦力となった。本当に助かった。ありがとう。
 改めて1年生のプレーを見ると、現時点での技術もさることながら、3ヶ月後・半年後・さらには3年生になった彼女達の姿までもが想像できるような気がする。@これまで練習してきたことが実戦でできているか A(イメージや理解があっても)やろうとしてできないこと Bこれから練習して習得すべきこと などが見えてくる。別の言い方をすると、1年生の姿を借りて、指導者自身(私)の成果や反省材料がたくさん表されたのだ。
 6人の選手達、よく頑張りました。また明日から練習に励みましょう。少しくらいは、「これから○○を練習しよう」という課題が見えたかな。

 2月13日(月)   11 「バレーボールで一日過ごす」
 朝8時に会場へ集合して、午後5時頃までバレーボールをして過ごす。技能を高めようと、寒い中だが必死に練習する。怪我を恐れずにボールへ飛び込む子もいれば、しかられて泣きながら頑張る子もいる。・・・・・会場の誰もが精一杯の努力をしている。
 そんな鉄火場のような会場にあって、入り口にある先生方や保護者の靴を揃えている生徒がいた。自己の目標達成への営みだけでなく、周囲にまで気を配れる心構えに感心する。わが旭中バレー部にはここまでの気遣いは見られない。また、私自身の(内面への)指導の幅もそこまで広くないことを反省する。
 「行為」の前には、必ず「心の動き」がある。それが「損得勘定」では情けないが、純粋に徳を積む意識であれば、生徒の人としての成長は計り知れない。どの学校も一日同じ会場で過ごすが、生徒にとっての学習量はこちら(指導者)側の技量によるものが大きいなと痛感する。

 3月28日(火)   12 「『出藍』という出会い」
 浜松バレーボールフェスティバルにて、岐阜市の中学校と出会った。たいへん一生懸命なチームで、その姿勢に感服した。その中学校の横断幕には「出藍(しゅつらん)」という文字が刻まれていた。その意味は、「青は藍より出でて藍よりも青し」という故事成語に由来し、「弟子が師よりも優れた力を発揮するくらい成長を遂げる」ということだと記憶している。これをバレーボールのことで考えると、教えを請うた練習相手や顧問の先生への恩返しに、たくさんの努力をして自チームが無限に伸びていくようなイメージであると私は感じる。
 一日の練習会の最後に、生徒が私のところにもあいさつに集まってくれた。私を加えて一つの円陣を作って集まってくれた。今日初めて出会った学校の顧問を、同志として仲間に入れてくれた。この行動や心遣いは、私たち旭が丘中にとっての「藍」(=師)であり、そこから学ぶことがとても多くあった
 旭中バレー部は、「青」になれるように頑張ろう。一生懸命にボールを追おう。

 6月19日(月)   13 「バレーボールは楽しいか」
 わが旭中の生徒が「バレーボールは楽しいですか」と聞かれたら、何と答えるのだろうか。顧問の私はそれが一番怖い。これまでの指導の裏返しがその答えに凝縮されている気がして・・・・。バレーボールは楽しいものだと思う。しかし、勝敗とか選手選びとか諸々のことに迫られて、いつしか苦しいものに変わってしまってはいないだろうか。常に勝つことを要求されて、まるで「水を飲んでも飲んでも、のどの乾きが癒えない」かのように。
 あと少しで、また節目の夏が来る。ここまで成長を続けてきた「チーム」も「生徒一人一人」も、そこで一応区切りがつく。3年生は、敗北の瞬間から生活が切り替わる。・・・・でも、必ずしもバレーボールの成長はここがピークではない。ずっと先まで可能性は伸びているはずだ。
 「バレーボールは楽しいか?」・・・旭が丘中の3年生は、最近少し楽しくなってきた(・・・と私は感じる。)最近、ボールがちょっとつながるようになってきた。気持ちも少しずつつながるようになってきた。コートの中で言いたいことを言えるようになってきた。・・・少し楽しくなってきた。・・・と思う頃に、引退の時期が迫ってきていた。バレーボールがもっと楽しくなるように、残りの日々を大切にしよう。

 7月 3日(月)   14 「帰りのバスの中で・・・」
 大会会場へ到着すると、全員でバスの扉まで来て迎えてくれるチームがいる。練習を始めると、いつのまにか選手が増えている(他の顧問の先生が出すボールを敵味方なくレシーブしに来る)チームがいる。コートの中を常に全速力で駆け回るチームがいる。他のチームから少しでも勉強しようと、タイムアウト中に一緒に混じって(顧問の話を聞きに)来るチームがいる。初めて遇うのに、ずっと以前から一緒に練習を重ねてきたような気持ちにさせるチームがいる。
 ・・・・・・ だから、南伊豆町・下田市の大会(オレンジ杯・下田市振興公社理事長杯)へ参加するのです。
 遠いからとか近いからとか、強いからとか弱いからとか、そんなことに左右されず、どこまでも「一生懸命なチーム」を追いかけて、一緒に練習させてもらって、選手も顧問の私も勉強する。練習中は一生懸命であるが故に、怒号も飛び交うし涙も出てくる。でも、一日を終えた帰りのバスの中は、何かほっとして笑みもこぼれる。中体連の大会まで、あと2週間。精一杯に頑張ります。
 南伊豆東中、南伊豆中、稲生沢中、稲梓中、下田中、伊東南中のみなさん、そしてたくさんの先生方と保護者の方々、ありがとうございました。     ・・・・勇気をいただくことができました。 

 7月 17日(月)   15 「勇気をもって戦えた瞬間」
 第一試合、最初のセットは緊張からか、サーブとスパイクミスが続いて落とした。しかし、修正をして2・3セットを取り返し、初戦を飾った。私にとっては、旭が丘中に赴任して初めての「夏の1勝」である。とてもうれしかった。何よりも、あとちょっとだけ長くバレーボールができることがうれしかったし、逆境をはね返すだけの精神力を身につけていたチーム力にも感動した。
 こういう試合ができるようになるまで、長い道のりであった。この大会に入って、試合中、会場が沸き上がるほどのラリーがたくさんあったが、その一つ一つに「頑張り続けた成果」と「逃げずに立ち向かおうとする心の動き」が表れた。だからこそ、保護者をはじめ、生徒たちに関わった全ての人が感動したのだと思う。
 『勇気』をもつことの裏側には、とても多くの苦難がある。「空元気(からげんき)」ではなくて「本物の勇気」が必要なのである。それを痛感した1年であった。今年のチームはバカがつくほど正直で真面目であった。でも、経験不足からか、大事な場面で気持ちが弱い。気持ちをつくっても、今度は腰や足が逃げる・・・。頭で理解しても、身体が言うことをきかない。それを克服しようと四苦八苦した毎日だった。『勇気をもつ』というのは、それほど難しく、また、価値のあることなんだな。 

 5月 23日(水)   16 「声を出すことは難しいことか」
 声が出ない。試合中に声を出す余裕すらないくらいチームの状況は苦しい。夏が近いというのに「自分たちのバレー」どころか3回でボールを相手コートに返すことすら難しいのである。だから、なおのこと声は出ない。
 大きな声、大きな構え、泥臭くボールを追う姿勢・・・いろいろなものが表現力としてコートに現れる。表現力が豊かな生徒は、練習や試合中にもよく声が出てはつらつとプレーできる。ミスをしても、次は期待に応えてくれそうな構えをするし、(もちろん声も出て)次のボールに向かう。しかし、今の旭中の選手は、点を取られるたびに声も構えも小さくなり、やがて消え入るようにゲームが終わる。
 私は、『声を出すことは、運動能力なのか』と選手を問いただすことが多い。声は、「やる気」や「精神的強さ」の現れであると信じているから・・・。でも、球技経験の少ない選手にとっては、声を出すことは高い壁を持つ技能であり、未だ習得していない技能(運動能力)なのかもしれない。『一生懸命になれば、声は自然に出てくる。声が出ないのは完全燃焼していないからだ』と思っていたのは間違いなのだろうか。・・・たぶん。
 こんな迷いの中で日々の練習が進んでいる。チームも選手も私も、夢中(霧中)の毎日である。

 5月 27日(日)   17 「好きな練習は何ですか」
 ある先輩の先生に「レシーブ練習が好きなチーム(または選手)は伸びる」と教えられた。その理由は、レシーブ練習が最も @単調で A時間がかかり B上達が自分の目に見えにくいので、それに価値を見いだしていることが良いということである。バレーボールは、ボールが上がらなければ始まらない。じっくりと、しかも楽しみや喜びを持って取り組めたらすばらしい。
 練習試合や大会の最後に、他チームのキャプテンに「何の練習が楽しいですか。何の練習に力を入れていますか。」と聞くことがある。 ・・・「レシーブです。」とか「サーブカットです。」とか「スリーメンです。」とか答えられると、心の中で「その通りだ」と思い、他チームながら応援したくなる。
 わが弱小!!旭が丘中チームは、私の腰の調子も良くなってレシーブ練習の割合が増えてきた。冬の終わり頃からちょっとずつレシーブが楽しくなり始めている状況の中で、レシーブ練習が練習の中心になった。
  ・・・『苦しいけど楽しい』、『わけがわからないのに自然に体が動き始め、夢中になっているうちに一本拾えた』・・・ そんな声が聞こえてきそうである。そんな時はすぐに30分や1時間が過ぎてしまう。

 6月 14日(木)   18 「チームの一員であること」
 昨年、本校の体育館で、男子バスケット部の練習試合に来ていた他校の生徒に声をかける場面があった。名前も学校名も学年も、何も知らないままの「数秒間」の応対だったが、その男子生徒の視線や言葉遣い・応対の雰囲気などがたいへん気持ちよく、思わず「君のチームの顧問の先生はどなたですか?」と聞いてしまった。
 部員が何十人いようが6人だろうが、何年生だろうが、主力だろうが控え選手であろうが、そんなことは関係ない。競技種目だって、バレーでもバスケットでも同じ。『チームの一員』としてどんな場面でも「○○中××部です」と胸を張れる態度で生活できる(生活しようと日々努力する)生徒を育てたい。そういう部活指導がしたい。
      ・・・わが旭が丘中バレー部は、19人。19人全員がそうした『一員』でいるだろうか。

 「面を被(かぶ)った」以上、強くならなくては・・・。でも、本当の強さは面をはずした後に表れる」
                                          (剣道での言葉だと聞きました)
      ・・・まだまだの私です。

 7月  4日(水)   19 「がんばっている顔」
 1本のレシーブと1本のトスと1本のスパイク。3人がボールをつなげてネットの向こうへ返す。3人が3様の思いでプレーし、その思いが表情にも表れる。練習や練習試合、大会を繰り返すほど「がんばろう」という気持ちが強くなり、また、「仲間の思いを無駄にできない」という緊張感も出てきて、生徒は、『必死で、深みがある顔(笑)』をしてバレーボールをしている。
 リラックスして(し過ぎて)、ヘラヘラ白い歯を出しながらやる方が良い結果を生むこともあるかもしれない。服装なんて気にせず、気持ちよくバレーをやるほうが勝てるかもしれない。でも、旭中バレー部は、緊張感一杯でガチガチ体をこわばらせながらも頑張るチームを目指している。今までお世話になったたくさんのチームから学んだこと、今まで一緒に泣いて苦労した仲間の思いを全部背負って『1本のパス』を出したいのである。
 今年も、南伊豆町・下田市の大会に招待され、充実した2日間を過ごすことができた。私自身は、この大会が一年のまとめであり、「今年はこんなチーム(生徒)が育ちました」という発表の場でもあると感じている。

 このような話をステージで鈴木先生からお聞きして、私は涙が止まらず、それを隠すのがたいへんであった。思えば、今年もいろいろあった。生徒とともに悩んで悩んで七転八倒の日々であった。でも、これで最後の大会に挑む気力を持てた。

 稲生沢中、熱川中、熱海中、三島中郷中、本町中、大根中・富士岡中、対島中・積志中・高豊中・・・たくさんの生徒と顧問の先生と保護者のみなさん、ありがとうございました。それぞれの地区での健闘を部員一同祈っています。

  7月 25日(水)   20 「強いチームの指導者=良い指導者か」
  夏の大会が終わった。1年間いろいろあって悪戦苦闘の連続であったが、何とかやり終えた。結果は2敗。勝てずに幕を閉じた。1年間の集大成であり、3年生が活躍したベストゲームであったことは私自身ホッとしている。
  表題にもあるが、『強いチームの指導者は良い指導者である』という命題は真か偽か。私の結論は「偽」である。「偽」であってほしいという、健気な「弱小チームの指導者」としての願望が強いのだが。
 では、良い指導者の「良い」とはどんな定義なのか。練習の組み立てや練習試合の設定、練習や試合中の的確な指示・・・に加えて、「生徒理解(心情・体調・経験値など)」「保護者との相互理解」なども含まれ・・・、さらに中学校の顧問として私が最も重要だと考えている要素・・・「互いに切磋琢磨できる学校(顧問)をどれだけたくさん持っているか」「自校の課題や悩みを解決できるような手本となる学校と交流しているか」である
 こういう要素をふまえて、指導者としての資質を高めていけば、確実にチームも向上していくであろう。連敗続きの旭が丘中は、生徒・顧問ともに練習不足(修行不足)ということだ。

  2月  6日(水)   21 「1年生大会 初勝利」
 当地区に「1年生大会」ができて、15年が経つ。その頃は小学校での少年団もなく、1年生は「声だし・筋トレ・球拾い」の毎日を過ごしている学校がたいへん多かった。そこで、他地区との技術的な差を埋めるために「1年生大会」が始まったのである。大会に出るとなると、ルールもローテーションも覚える必要があり、1年生も挙って練習し始め、地区全体への効果はたいへん大きかったと記憶している。
 私が旭が丘中へ赴任して4回目の冬。予選・決勝を通じて初の1勝を挙げた。結果としての「1」は大きいが、それ以上に嬉しかったことは、ミスは多いものの「やろうとしていること」が分かるミスであったことである。経験者の多い学校に比べて感覚や必要な筋力は劣るものの、この10か月の伸びの大きさを実感できるものであった。
 最終目的は夏の中体連大会である。この子たちの「3年生の夏」に最高潮のチームになるようにしたい。この「1年生大会」は、そこへ通じる道の途中の節目なのである。目先の勝利を追うのではなく、遠く明らかな目標を見据えてこの瞬間を戦う姿勢が1年生大会の主旨であろう。4年間で1勝。でもこの価値は大きい。

 平成21年  5月 1日(土)  22 「何もないから・・・」
  バレーボールのネットの高さは決まっている。だから、攻撃するなら身長が高い方が有利だ。また、筋力や基礎体力、バランス感覚、視力・・・さらにはボール遊びの経験など、たくさんの土台の上に「バレーボールの技能」が載っている。
  わが旭が丘中バレー部員は、これらの多くを持ち合わせていない。身長がない、経験が浅い、筋力がない、足も遅い・・・「一生懸命やろうという気持ち」以外には、ほとんど何もない(言い過ぎか?)。そんな9人の部員が休まずに練習に参加し、練習を重ね、互いにカバーし合って試合を進める。でも、そんなチームが、最近(ちょっとずつだが)自信を持ってプレーするようになり、大きく見えるようになってきた。厳しくて、苦しくて、「やめようか」と思った秋から冬の練習に耐え、精神的な成長が生徒自身も感じているようだ
 「わがチームは下手だから・・・弱いから・・・何もないから・・・」と思っていた私だったが、あと少しでまた夏を迎える。今年はどんな夏になるのだろうか。20数回目の夏、楽しみにしながら今日もまたレシーブ練習を繰り返す。

  5月  5日(火)   23  「みんなに感謝」
 9人の選手たちが2日間、ただひたすらにボールを拾い続けた。その直向きな姿に顧問の私も感動した。試合中の緊張感や疲労感にも負けずに、笑顔を絶やさず、声をかけ合い、そしてチーム一丸となって相手に対した。結果は、堂々の3位。たぶん、実績としては創部以来初の快挙であろう
 先にも記したように、わが旭が丘中バレー部は互いの欠点をカバーし合いながらのチームである。そのため、9人が絶妙のバランスで成り立ち、引き合いながら練習を重ねている。個人の能力ではなく、集団(組織)の力で戦っていくチームなのである。9人のうち一人でも欠けたら、今の状態は維持できないし、何事にも素直で前向きな取り組みができる9人であったからこそ為し得た結果であろう。もちろん、先輩たちも同じ取り組みを続け、それが伝統となって今につながっている。私は、現部員にも卒業生にも、みんなに感謝している。
 夏の大会まで、あと2か月ちょっとである。明確になった課題がいくつ解決できるか、まだまだ勝負は続く。でも、それは他校との勝負というより、間違いなく自分との勝負だろう。

  5月  10日(日)   24  「3年生がんばれ」
  先輩の指導者からお聞きした話である。『今日は、試合に負けてしまったが、(今とまったく同じ力で)君たちが20歳になったら今度は勝てるかもしれない・・・。』という考え方。
  身体を動かすのは内側の力(気持ち)なのだから、その力が高まっていれば今よりもずっとチームメートを思いやってカバーでき、緊張した場面でも動じずに対処できるだろう。結果として、安定したチーム力が維持できるということか。15歳の今より5年後の20歳の方が、なるほど強そうだ。
  そこで、中学校の部活動で考えてみると・・・・3年生は、単に1・2年生よりも早く生まれたということではなく、それだけ人として高いレベルに達しているということだろうし、チームの柱となってほしいと考える。君たちがチームの最上級生として、精神面での支えになってほしいと強く願う。がんばれ、がんばれ3年生。背伸びしてでも、がんばれ。

  6月 30日(火)   25  「仲間なんだから」
 今年も下田へ行ってきた。大会に参加するために集まってきた学校が、みんな同じ香り(雰囲気)がするような気がする・・・そんな2日間であった。それぞれの会場で、はじめて会う選手や顧問の先生なのに、自然にうち解けて剣を交える(試合をする)。どちらも一生懸命にボールに向かいながら、相手を気遣って試合を進めていく。そういえば、昨年は、熱海中学校の生徒が、試合中に我が校のコートにまでワイピングをしてくれたなあと思い出した。みんな仲間なんだから、誰にもケガをさせたくない。そんな思いが会場全体に流れている。
 いよいよ7月に入る。あと数日で最後の大会を迎えるが、わたしの願いの中心はここにある。今年もどこかで負けるであろう。でも、今年も真面目で素直な生徒が育ち、一生懸命にボールを追うチームになった。だから、思い残すことなく、迷うことなく大会に臨める。
 今年も我が旭が丘中にたくさん声をかけてくださった先生方、生徒の皆さん、ありがとうございました。

  7月 19日(日)    26 「たった1本に込めた思い」
  たった1本に泣くこともあるし、たった1本がきっかけで流れが変わる場合もある。でもそれは、1本だけ放ったものではなく、気持ちを込めて放った何十本のうちの1本である。
ボクシングマンガの『はじめの一歩』にこのような台詞がある。
「ボクシングにラッキーパンチはない。結果的に偶然当たったパンチにせよ、それは・・・・練習で何百何千と振った拳だ。その拳は生きているのだ。試合を投げて適当に振ったパンチなど決して当たらん。
 ・・・・(中略)・・・・ 何千何万とサンドバッグを叩き思いのたけ全てを両の拳にこめる。最期の最期まであきらめない。そういう生きた拳こそが奇跡を生むのだ!!」

  レシーブもスパイクも1本1本が「心を込めた全力の1本」であった。最後の試合、セッターが絶妙のタイミングで放ったツー攻撃。エースが渾身の力を込めて放ったストレートコースのスパイク。まさに「生きた1本」であったが、結果はアウト。この試合で今年の夏も終幕した。
 「積極的に攻める」とか「逃げない気持ち」とか口で言うのは簡単だが、彼女たちが各自の壁を破り、これを行動に移すことができるようになるまでには多大な努力があった。そして、内面(心)も外見(言動・姿勢)も少しずつ変わっていくそのすぐそばに、自分が居られたことに幸せと安堵感を感じる。今年もいい夏であった。もうすぐ梅雨も明ける。この姿勢を、たった6人の新チームがきっちりと受け継ぐ。

  11月28日(土)    27 「拾うことが唯一の攻撃」
 先日の練習で神奈川県の県立茅ヶ崎高バレー部のみなさんと同行させていただいた。行動や表情やバレーに取り組む姿勢全てが手本で、我が旭が丘中6名にとっては、この上ない勉強になった。
 私たち教員は、とかく「意欲的に」とか「自主的に」とかいう言葉を使うが、(外見ではなく)そのように感じるチームに出会った時に、具体的に1つ1つの行動を真似させることも指導のひとつかと感じる。技能も人間性もずっと先を進んでいる高校生に自分のレシーブミスをカバーしてもらう時、何とも言えない「安心感」を感じながら練習に熱中できた2日間であった。
 
 今日、地区の大会(予選)に参加した。どのチームも、大きく上手そうに見えてしまうのはいつものことである。同じ地区であっても今日が初顔合わせの学校もあって、不安の朝を迎えた。3試合(計8セット)行い、結果は4校中2位で、次の大会につなげられた。
 ボールを床に落とさないように、一日中拾い続けた。<守備:攻撃=9:1>のチームは会場の中では異質?な存在で、ひたすら拾って3回で相手コートへやっと返すだけのラリーをいつまでもいつまでも続け、相手のミスでボールデッドになる。これが今の旭が丘中バレーである。・・・「拾う」ことが我々の唯一の「攻撃」なのかな。

    4月24日(土)    28 「チームに手を入れる」
 手の入ったチーム、手が入っていないチーム。「手を入れる」とは、どういうことか。4月に入って練習試合に参加すると、近くでありながら初顔合わせのチームと出会ったり、新年度で顧問が変わったチームと手合わせしたりして、新鮮な感じを持つ。
 (初対面のチームに対して)朝の出会いから気づくこと・・・。「集合する速さ」「あいさつの声の大きさ」「礼儀正しさや一生懸命さを醸(かも)し出す雰囲気」などと同時に、「他の学校の顧問・生徒・保護者等への自然な気遣い」を見ながら、『このチームは手が入っているなあ』とか『躾ができていないなあ』と思ってしまう。手が入っているチームは、その後のウォーミングアップから試合でも力を出し切れることが多い。その逆で、手が入っていないなあと感じるチームは、試合中も途中であきらめたり暗い表情をしていたりすることもしばしばである。技術的なことで言えば、『レシーブの良いチームは、顧問の手が入っているチームである。』と先輩の先生から聞かされてきたが、心の面で手を入れるとするならば、こんなところに表れるのだろう。
 我が旭中は、たった6人の部員に9名もの新入部員が加入予定で、頼もしい限りである。この9名の1年生に加えて、保護者(家族)の方々は、バレー部にどんなことを期待しているのか。技術指導だけでないことははっきりしている。責任を持って手を入れていかねば・・・。

    4月30日(金)     29 「後輩ができた日」 
  今日、9名の新入部員が加わって、15人での部活動がスタートした。3年生が2人、2年生が4人、そして1年生が9人。校内の部活の中で、一番練習時間が長く、休日もなく、先生も厳しい部を選んだ9人は感謝状ものだと思う(笑)
  同時に2年生(平均身長がやっと150cmを越えた?!)に待望の後輩ができた、まさに記念日であった。人間というのは、気分的なものに大きく左右されがちで・・・2年生・3年生ともにたくさんの後輩ができたことで、はしゃぐように楽しく練習をしている。私も、部員が少ないことに慣れっこだったので、たくさんの人数と声の中で練習できることには改めてうれしさを感じた。
  さて、明日から5月に入る。大会にも結果を求められる時期になってきた。練習を通して、試合を通して、また、普段の学校生活での姿勢を通して、先輩が後輩に伝え残すもの。このバトンタッチの日も近づいたということだ。わかっているだろうか、2人の3年生は。

    6月10日(木)    30「 出 藍 (しゅつらん) part2 」   
※私が教員1年目の時、ボールを満足に出せない私に当時の副キャプテンが「私たちで練習をするから、先生は試合中のタイムをとるタイミングの勉強をしてください。」と言った。この言葉を今でも鮮明に覚えている。この生徒は、前任者が育てた生徒でありチームの核となる生徒であった。

  選手(中学生)が、試合や練習中に顧問の先生(監督)に進言することができるだろうか。また、顧問は、緊張した試合の場面で生徒の進言を受け入れるだけの「気持ちの余裕」なるものを持てるのだろうか。
  自分自身のことで考えてみると、県大会出場とか東海大会出場とかという、(私にとってもチームにとっても)「壁」となるものを破った子供たちは、やはり「成長した何か」を持っていた。その何かとは、技術的なことよりも、むしろ「我慢強さ」とか「何事も許容できる優しさ」とか「友達のことまで考えられる視野の広さ」とか、そういう人間性の部分であったと思う。・・・現実の話に戻るが、先生の表情を気にしすぎたり、失敗を恐れたりしてビクビクしているレベルでは、到底相手チームにまで考えを及ばすことはできない。従って、「勝敗」も顧問の予想通り?!のところに落ち着いてしまうのであろう。『チーム作り』=『人間作り』であると改めて痛感した。顧問の予想を超える?!生徒の出現を待つ(・・・というより、育てる!)。まさに『出藍の誉れ』。部活顧問として、教員として、これが一番の幸せなのかもしない。
 戸田先生と守山中の皆さん、ありがとうございました。勉強になりました。また旭中といっしょにバレーボールをしてくださいね。

    7月 2日(金)    31「 準備の大切さ 」
  「終了のホイッスルは、次の試合の開始のホイッスルでもある」・・・サッカーの岡田監督の言葉である。
試合だけが試合ではない。試合の時間だけに力を注いでも、もう勝負はついているのかもしれない。
 定期テスト・・・。中間テストが終わった日から期末テストの準備をしていく気構えをもてば、もっと高い力を発揮できるだろう。部活も、付け焼き刃では勝てるわけがない。それがわかっていながら、もう大会直前である。テストはもう終わっている。試合をするのも、テストを受けるのも生徒。はたして私たちは、夢中(霧中)の生徒たちに、顧問(監督)として、担任として先を見通した指導をしてきたのだろうか・・・と顧みてみる。

    7月 13日(火)    32「 世話を焼く 」
 「キャプテンシー」とか「リーダーシップ」とか、横文字でかっこよく表現する言葉があるが、旭中の2人の3年生は、あえて日本語で『世話を焼く』という言葉を使いたい。新チーム結成以来4人の後輩を従えて、総勢6名。怪我も病気もできず、6人全員が揃わないと試合ができないため、幾度も試合を欠席した。でも、文句も言わず、やれることを1つずつやった。
 体調はどうか、道具は準備できているか、先生に叱られてへこんでいないか(笑)など・・・文字通り物心両面で世話を焼いていた。だからこそ、平均身長152cmの6人でも他校に声をかけていただいて試合を重ねることができた。また、(6人しかいないので、練習試合の一日中、審判等を他校の選手にお願いしているお礼として)行く先々で便所や玄関の掃除をしてきた姿勢も立派であった。
 以前にも、この欄に書いたことがあるが、3年生の「気配り」はチームに大きな力を及ぼす。その結果として、『山椒は小粒でもピリリと辛い!』と言われるチームができた。改めて、2人の3年生に感謝したい。

「リーダーが優秀なら、組織も悪くない・・・。」という台詞は「踊る大捜査線」だが、旭中バレー部は優秀とまでいかず、「精一杯の世話焼き」か。そんな組織も悪くなかった。顧問なんて、末席のおまけである。

    1月  2日(日)    33 「 水と肥料 」
 今年でバレー部顧問24年目となる。恥ずかしながら、未だ「駆け出し指導者」である。また、初任の学校で駆けだしてから、駆けても駆けてもその道がずっと遠くまでつながっていることに気づく。
 チームを花の苗にたとえると、20代から30代の若い頃は、ひたすら水と肥料を与え続けた。自己本位に与え続けて、その後、「なぜできないんだ!」と叱り続けた。それでもチームは少しづつでも上達するし、生徒もよくがんばった。顧問も生徒も『これで良いのだ』と信じて突っ走るしかなかったとも言える。40代中盤を迎えた今、生徒との関わりはとても楽しいし、四苦八苦しながら成長していくのを見るのは幸せすら感じるが、前述の「水と肥料」の与え方は変化している。子どもの表情を見ながら適量を・・・なんて考えると、いつの間にか少なすぎて干上がっている。(←練習不足で、子どもに不満を与えている?! さらに、それを話術でこまかそうなんてしている自分がいる。)
 年賀状が届く。もう母親になっている教え子も少なくない。年賀状を送ってくれるほどだから、「昔の憎しみを込めて」なんていうものはないが、あの頃がセピア色になり、良い?!思い出になっているのだろうか。それぞれの毎日を頑張ってほしいと願う。私は・・・、まだまだ駆けるしかない。 

    2月 11日(金)    34 「 ありがとうございました 」
 豊橋市で今年退職される先生を囲んで、たくさんの先生方が集まった。私が最初に県外へ練習試合に伺った時から、二十年以上にわたっての大恩ある先生である。また、私ばかりか、自分のチームにいた選手(娘たち)も何代にもわたってお世話になった先生である。本当にありがとうございました。

 今改めて、自分も選手も多くの先生方に教え育てられたなあと感じる。どうしてもその先生に教えを請いたくて帰りの駐車場でずっと待っていたり、何度も電話でお願いして練習試合を何ヶ月も待っていたり、台風の土砂降りの中を練習試合に出向いたり・・・。無茶ではあったが、とても充実していた。また、そういう無茶に選手もよくついてきて、今、笑って話ができる。自分が二十代の駆け出しの頃、今の自分くらいの年齢の先生方には、恐れ多くて話しづらかった。でも、どこかできっかけを作って、お話をさせていただいて、練習試合に誘っていただいて、「教科書や解説書には載っていないこと」を教えてもらう。バレーの技術論はもちろん、チーム作り、女子指導のこつ、トラブル解決法、さらには「教員としての考え方」まで。自校の職員室とは違った視点で、しかも本音で話していただいて育ててもらった。私自身、この姿勢だけは忘れてはならないと思っている。
  

    2月 13日(日)    35 「 約束づくり 」
 練習試合は「約束づくり」ができる場。スパイクレシーブをどこで誰がとるか。1本目が乱れたら、2本目は誰がどこへあげるかなど。アナログ的なものを、1つ1つの約束にしてデジタル化するような・・・そんなイメージである。そうすると、1つのミスが、誰のどのようなミスかが選手にわかりやすくなると考えている。
 練習試合では、他校の選手と1日に数百回のラリーができるから、それがチャンス。1回1回、その約束を確認したり、新たな約束を作ったりできれば、少しずつボールがコートへ落ちにくくなり結果にもつながっていくだろう。しかし、その壁になることがたくさんあって伸び悩む。たとえば・・・・
   @「引っ込み思案な性格」(判断が正しいのに行動しない。また、自発的な声も出にくい。)
   A「アバウト(雑)な性格」(中途半端な判断で行動してしまう。また、詰めが甘い。)
   B「自己中心的(わがまま)な性格」(途中の修正ができない。視野がせまく、カバーが遅れる。)
などなど、普段の生活態度がバレーボールにも表れるような気がしてならない。バレーをしながら生活態度の改善をし、逆に、コートを離れた場所(普段の心掛け)でも、直接的・間接的にバレーの練習になっているということだろう。旭中バレー部、単に「がんばる、がんばる」だけでなく、何をどうがんばるのかをもう一度確認して、冬を乗り切ろう。

    4月 14日(木)    36 「 勝負と勝敗 」
 勝負と勝敗。似ているようで全く違うものだ。たとえば、「サイコロを振って、大きい数字が出た方が勝ち」というルールでは、サイコロの目によって勝敗がつく。コインの表裏でも同じ。しかし、そこには勝負はない。地道に努力して、少しずつ上達して・・・その過程を試合中の1本に込める!などという思いは、コイントスにはない。バレー部員として、バレーの試合で「勝負」がしたい。大事な試合の中で緊張感に押しつぶされず、ここが勝負だという『勝負どころ』を感じ、そして思い切る。適当な声で、いいかげんな練習で、それでも試合をすれば勝敗はつく。でも、そんなものを求めてはいない。
 4月になって、旭中バレー部も新体制になった。正副顧問も(8年ぶりに)コンビ復活である。勝負ができるチームになって夏を迎えたい。

   7月 21日(木)     37 「 一寸の虫にも五分の魂 」
 「154・153・152・152」は、3年生4人の身長である。バレーボールをするには小さいなあという身長である。しかし、『エース』『セッター』『リベロ』『左利き・ライト』の役目を全力で果たし、「五分の魂」を示したことに(手前味噌ではあるが)敬意を表したい。
 昨年は、上級生が2人だったので6人のチームだった。インフルエンザの猛威にも負けず、どこへでも出かけていった。1人欠けても試合ができないという緊張感は、彼女たちを大きく成長させたと感じている。今年は後輩の尻をたたきながらの1年であった。またまた苦労の連続であった。
「○○魂」など、Tシャツのロゴでよく見かけるが、「○○魂」だとか「根性」だとか、見せようとか出そうと思ってできるものではない。自分がおかれた状況を受け入れ、(不格好でも)必死にもがいて努力し・・・夏が終わり、節目を迎えた自分を振り返って、根性がついたなあと(ちょっとだけ)感じるものか。
 彼女たちが見せた最終日の気迫は、間違いなくそれであったし、よく成長したなとそっと言ってあげたい。残りの中学校生活も緊張感を持って頑張れよ。

    8月 17日(水)     38 「 心が行動となり・・・ 」
 『心が行動となり、行動が習癖(習慣)に変わる。習癖(習慣)はチームの個性を作り、チームの個性が夏の運命を決する。』
 そう考えると、新チーム結成時の夏休みは心を耕す大事な時期となる。極論を言えば、心(気持ち)が体を動かすのであるから、心が育てば後々技術は自ずと身に付きやすくなると考える。多くの指導者が、選手の日常生活の規律を重んじているように、「冷静な」「辛抱強い」「温かい」・・・心を育てることを一番にしたい。
 今年、例年行っているバレーボール講習会の延長として手作りの大会を設けた。大会の目的は「心作り」に通じる『グッドチーム作り』である。もちろん勝敗も競うが、それ以上に、一生懸命さを行動で表す大会として始めた。大会の中で、「素早く全力で行動する」「指導者の話をよく聞く」「大きな声で自分の気持ちを伝える」など、手本となる学校をみんなで選び表彰した。

 そんな中、我が旭が丘中の生徒は、「気持ち・声・行動」の全てにおいて中途半端で、愚図ついていることに気がついた。心の迷いや自己満足が、他校との差につながっていた。もちろん勝敗も「推して知るべし」である。1年間は長いようでとても短い。まずは習慣になるまで行動し続けるようにがんばるしかない。

    8月22日(月)      39 「 帰れと言われて・・・帰る?」
 夏休みの練習で、覇気のない練習を顧問が見かねて、「片付けをして帰りなさい。」と言われた我が部の生徒は、一人も残らず、全員帰った。こんな表れは見たことがなかった。呆れるやら悲しいやら。
 事が起こったときに声を出せるリーダーがいない。また、各人や集団の目的や目標も曖昧。さらに自主的な判断もできず周りに流された・・・。集団としては最低レベルであり、何より私自身の指導力が乏しい


踊る大捜査線の映画にこんなセリフがある。集団(組織)づくりの核心にせまる至言だと思う。
  @「このグループはリーダーを持たない。目的だけが一致していて、後は各人の自主的な判断で
    行動しているんだ。」「組織にいると、個人が死んでしまうんだ。」
  A「なら、軍隊みたいな組織のあたし達がかなうわけないね。」
  B「リーダーが優秀なら、組織も悪くない。」

 各人が成長し、自分で判断し行動できるのであれば@のようにリーダーを持たない集団も可能かもしれない。しかしながら、中学生は成長途上の未熟な集団だから、顧問が舵取り役となるような(Aのような)集団、あるいは部長等のリーダーを中心とした(Bのような)集団を目指すべきだろう。@〜Bを場面場面で使い分けるのであっても、やはり生徒の中で中心的な役割を担うリーダーが必要である。

<私が考えるキャプテンにしたい選手の条件> ←思いつくまま書きました
  ・どんな時でも自分やチームの目標を見失わず、我慢強く取り組む選手
  ・周りの状況に敏感で、よく気がつく選手
  ・苦しい状況でも平静に対処しようとする選手
  ・顧問やチームメートの意をくみ、献身的に行動できる選手
  ・孤立を恐れない選手

『リーダーのレベルが組織のレベル』と考えると、資質を持つリーダーが出てくるのを待っていては夏が終わってしまう。かといって顧問の操り人形のようなリーダーでは先が知れている。
               ・・・このような新チームのスタート。まさに前途多難。続きは後日。

    8月29日(月)    40 「ポジションが人をつくる」
 ここ数年の我が校は部員が少ないため、あれこれ考える余裕なく(否応なく)ポジションが決まっていく。また、技術が未熟で自信がない生徒は「自分がやりたいポジション」を主張することも躊躇するため、「できるかどうかわからないけど、がんばります」という決まり方である。でも、そういう決まり方でポジションやキャプテンを任された現3年生3名をみてみると、案外その役割がそれぞれの性格とマッチしていたように感じてならない。決して2年前にはこれほど強い個性を発揮していなかった。でも、2年間の活動を通して、体力の増進はもちろん、その責任を果たそうと努力したことで人として大きく成長できたことがよくわかる。
 部活動だけでなく、学級での係活動でも社会へ出てからも、「自分がやりたい」あるいは「これならできそう」と思うポジションにつけることは少ない(ほとんどない)。誰かが欠けたり周りに推されたりして、心の準備ができないまま急に任されることがほとんど。しかし、その『急にやって来るもの、不本意なもの、自信のないもの』にどう対応するかがその後の自分の成長を大きく左右すると考えられる。もちろん指導者側からすると、誰に白羽の矢を立てるかは常日頃の言動によるところが大きいが・・・。

 夏休みが終わる。いろいろゴタゴタあったが、何とかチームはスタートした。しかし、未だキャプテンは決まっていない。キャプテンというポジションがその生徒を成長させていくであろうが、そのチャンスを誰に任せようか、検討中である。